04/12/20@オレンジデイズ(再)

柴咲コウが大学のキャンパスでバイオリンを弾いている。
それを見た妻夫木聡は、まさか聴覚障害者とは思わない。
彼女はかつて一流のバイオリニストとして将来を期待されていたが、音が聴こえないというハンディが悪化。
ドラマの冒頭のそれは、バイオリンを売ってしまうつもりでのデモ演奏であったことが後で明らかになる。
ここで、視聴者の大多数が軽い疑問を感じたのではないだろうか。
音が聴こえなくても、演奏ってできるの?
単に、チョロッと鳴らしてみせるなら出来そうだが、かなりのスキルを持っていると思わせる演奏がはたして出来るのだろうか?

可能なのじゃないかと思う。
人間には内耳と外耳というものがあって、自分の声を録音して後から聴くと違和感を覚える人は多い。
バイオリンおよびビオラというものは振動する箱を顎と鎖骨とではさんで密着させたまま音を鳴らし続ける楽器だ。
PHSの発売された翌年にはあった技術なので、何をいまさらな感じもするが、去年から今年にかけてツーカーでは盛んにCMしている骨振動という奴だ。
ただ、「オレンジデイズ」の本放送で第一話を見た当時は、それを理由としようにも裏づけが薄かった。
この振動を肉体で聴いているというのは、もしかして……と十代の頃(当時は骨振動なんて言葉は知られてなかった)に思ったことから来るのだが、そんな仮説というか経験則みたいな話を生憎、他の人から聞いたことがなかった。
しかし、「知ってるようで知らないオーケストラ楽器 おもしろ雑学辞典」なる本を先日、読んでみたら、その中でも「バイオリンおよびビオラ奏者は骨振動で音を聴いている」ということが指摘されていた。
やはり、不可能というわけではないようだ。

聴覚障害といってもおそらく症状の種類や程度に差があるだろうが、内耳が活きているのだったら他の音は聴こえなくても自分の弾く音は聴こえる……ということはあり得る。
ましてや、完全に音が聴こえないという設定ではなく、4年ほど前から悪化し始めたという話になっている。
もしかしてスタッフはそんなこと(数ある楽器の中でバイオリンとビオラは骨振動で自分の音を聴ける)を知った上で、二人の出会いをあのシーンにしたのだろうか?
昨年の秋、同じくTBSで放送されていた「ホムンクルス」という番組でTOKIOの城島茂が聴覚障害のある人を訪問し、彼女の手をギターの表面に触れさせて、その振動でギターの音を聞かせてあげていた。耳では聴こえなくても、そうやって触れることで楽器の音を感じることはできる(小学校の図書室にあった世界偉人伝に写真入りで出ていたが、ヘレンケラーは演奏者のそばに近づき、指でバイオリンの音を聴いていたらしい)。
ましてや演じるのが柴咲コウだから、皮下脂肪も厚くなくて骨振動がしっかりと頭に伝わって来るような感じにも見える。
それならば、無伴奏の曲を選ぶとかすれば演奏活動を出来るではないか……という気もするが、考えてみよう。

無音の中で自分の弾く音しか聴こえない状態を。

弦を鳴らすことで、よりいっそう自分が他の人達の世界から切り離されている意識が高まりそうだ。
実際、第2話でバイオリンを手放してしまったという沙絵のため、良かれと思って公民館のクラシックサークルが紹介される。
自尊心とか過去の栄光を忘れられない……という以前に、トップクラスに至るまでその演奏に打ち込んだ者が(悪くいえば)おちゃらけた素人集団の中に混じるというのは精神的に辛いことだろう。
そういう意味の描写なのだろうが、背後でミスったメンバーがいたので中断しているのにそれに気づかないでバイオリンを弾き続けている……というのがあった。
まさしく一人だけコミュニケーションの途切れている姿だ。

だが、自分以外のとのつながりが確かにあると感じられるならば、どうだろう。

自分の弾く音を確かに歓んでくれる人がいるなら、不安に臆することなく弾けるかもしれない。

就職難に直面する大学4年生(社会福祉心理学科)の揺れ動く進路。
生まれついてではなく十代後半からハンディキャッパーとなった娘とピアニストの母、高校時代からの女友達、といった人間関係。
そんな男と女の恋……というドラマの背景を織りなす素材の一つというのではなく、この“聴覚障害のバイオリニスト”という設定をドラマの核にしてしまうことも出来たのではないだろうか。

おそらくは、北原悦吏子脚本で聴覚障害のアーチストの恋愛ドラマ「愛していると言ってくれ」が手話を会話の中に盛り込み過去にヒットしてるので、今回も人気が出ますよ……みたいな売り言葉でプレゼンをかけたドラマなのだろう(失礼!)。
画家であれば、その技能を活かすにあたって聴覚障害が直接のハンディにはならない。
だが、音楽家であれば致命的なものとなり、将来の夢は断念せざるを得ないので、「愛していると~」とはやや異なった持ち味になるとか(勝手な憶測ですが)。

音の闇の中でも櫂が聴いてくれるなら、弾き続けることが出来る……という、ハンディをはねのけて行くドラマを見てみたい気がして来た。

さらに勝手に想像すれば、自分の音しか聴こえていない沙絵に対しパートナーとしてフレキシブルに合わせてくれるビオラ奏者の登場で、三角関係ドラマとか。

終盤になって幼なじみ(はとこ)の一流音楽家も登場するわけだけど、さらに聴力の弱まって来た沙絵にピアノのコンクールを勧める展開って……ことは、“骨振動で自分の弾く音は聴けそうだ”という発想から、第1話の出会いのシーンが描かれれたわけではなかったようですね。

なぜピアノなのか……オーケストラで複数名の演奏者がいるバイオリンと一人でも充分なピアノというのを比べると、音が大きそうだから聴力が弱っても多少は聴こえそうな感じがするというイメージか。
あるいは、フジコ・ヘミングが昨年、菅野美穂主演でドラマ化されたりしてるので、ピアニストなら聴覚障害を克服できそうに一般から思われてると想定したのか?

いずれにせよ、ないものねだりは承知の上ながらバイオリンを弾き続ける沙絵のドラマでないのがちょっと残念な気がする。

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